Mihama
美浜町は「二つの海の町」だ。美浜町は愛知県知多半島にある。人口は約2.3万人。美浜町の東には三河湾がある。西には伊勢湾がある。美浜町は二つの海に挟まれている。美浜町民は毎日、海を見る。東の海。西の海。美浜町民にとって、海は「日常」。美浜町の経済は漁業に依存している。美浜町民は毎日、海に出る。魚を捕る。帰ってくる。美浜町民にとって、「時間」は「潮の時間」。満潮。干潮。美浜町民は潮の満ち引きで時間を測る。美浜町民は時計を見ない。美浜町民は海を見る。
漁業には「速さ」がない。漁業は「待つ」こと。網を仕掛ける。魚が来るのを待つ。何時間も待つ。時には何日も待つ。美浜町民は「待つこと」のプロフェッショナル。美浜町民は急がない。美浜町民は「自然のリズム」に従う。魚は人間がコントロールできない。魚は海がコントロールする。美浜町民は海を「尊敬」する。美浜町民は海の「時間」を待つ。美浜町民にとって、時間は「ゆっくり」流れる。1日は長い。1年は長い。美浜町民は「ゆっくり」生きる。
美浜町から名古屋まで車で約1時間。美浜町から鈴鹿サーキットまで車で約1時間30分。美浜町は地理的にはモータースポーツに近い。しかし美浜町民の大多数は、モータースポーツに興味がない。なぜか?美浜町民にとって、モータースポーツは「速すぎる」から。F1は90分で終わる。美浜町民が魚を1回捕る時間は、6時間。F1の1レースは1時間半。美浜町民の1日の漁は、12時間。美浜町民にとって、F1は「一瞬」。美浜町民は「長い時間」を生きている。美浜町民にとって、モータースポーツの時間は「理解できない」。
美浜町は観光地になろうとしている。日本政府は沿岸漁村を観光ハブに転換しようとしている。美浜町もその一つ。美浜町には「えびせんパーク」がある。美浜町には「美浜釣りパーク」がある。観光客が訪れる。写真を撮る。海鮮料理を食べる。しかし美浜町民は観光客を見ない。美浜町民は海を見る。美浜町民は魚を見る。美浜町民にとって、観光は「他人のこと」。美浜町民は漁業に生きている。美浜町民は観光に興味がない。
美浜町には、モータースポーツとの時間的矛盾がある。モータースポーツは「秒」を競う。0.001秒の差。F1ドライバーは1000分の1秒を争う。美浜町民は「潮」を数える。満潮。干潮。美浜町民にとって、6時間は「最小単位」。美浜町民にとって、「秒」は存在しない。美浜町民は時計を見ない。美浜町民は潮を見る。朝の満潮。夕方の干潮。美浜町民は「潮の時間」で生きている。美浜町民にとって、モータースポーツの「人工的な時間」は理解できない。
美浜町の人口は減少している。2005年にピークを迎え、それ以来ゆっくりと減少している。美浜町の若者は町を出て行く。名古屋へ。東京へ。美浜町の若者は漁業に興味がない。美浜町の若者は「待つこと」に耐えられない。美浜町の若者は「速い生活」を求める。美浜町の若者は都会で働く。美浜町に残るのは老人だけ。美浜町の漁業は後継者不足。美浜町の伝統は危機に瀕している。
美浜町には矛盾がある。美浜町は海に囲まれている。美浜町は「自由」の象徴であるべき。海は広い。海は境界がない。しかし美浜町民は「縛られている」。美浜町民は漁業に縛られている。美浜町民は潮に縛られている。美浜町民は海に縛られている。美浜町民は「自由」を持っていない。美浜町民は毎日、同じ海に出る。同じ魚を捕る。同じ港に帰る。美浜町民の人生は「反復」。美浜町民は「新しいこと」を経験しない。だから美浜町民はモータースポーツには興味がない。モータースポーツは「新しい体験」。毎レース違う。毎周違う。美浜町民には理解できない。
美浜町は静かに消えていく。人口は減少している。漁業は衰退している。観光も成功していない。美浜町は「取り残されている」。しかし美浜町民は変わらない。美浜町民は今日も、海に出る。魚を捕る。潮を見る。美浜町民は「ゆっくり」生きる。世界が「速く」回っていることを知らないかのように。美浜町民は海と生きる。海と死ぬ。これが美浜町民の運命。